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  朝からぐんぐん気温が上がり、蒸し蒸し湿気が街を包んだ、6月ある日のニューヨーク。ダウンタウンのイーストビレッジにある、デビッド・サンドリン氏のスタジオを訪れた。入って右手の壁一面を、(前ページで解説した)トリプティックが占拠し、地上5階南向きの窓からは、外の暑さを裏切るような涼しい風と、自然光がたっぷり注ぎ込む。サンドリン氏は、School of Visual ArtsのGraduate Program (修士課程)イラストレーション科でThesis Coordinator を務める忙しい合間を縫いながら、このスタジオにこもり、個展の準備やコミック&画集制作を進めている。創作活動について明快に、根気よく解説してくれたサンドリン氏は相変わらずかっこよく、「世の中には考えるに足ることがたくさんある」という彼のコンセプトは、混迷の世界に生きる私たちを明るく勇気づける。何はともあれ、リラックスした雰囲気の中で行われたインタビューの紹介で、サンドリン氏の特集を締めくくりたい。

ARTas1 (以下AA1):ご長男のジェイク君(5歳)が新しく家族の一員になり、創作する上で大きな、嬉しい変化もあったと思うんです。でも、ちょっとここで教えて欲しいのは、アーティストとして子供を持つことに不安はなかったですか?

David Sandlin (以下DS):ううん、そんなに。いつも子供をもつということについては考えていたから、心の準備はあったんだと思う。同時に、息子が生まれる前に父が亡くなったこともあって、限りある命=人間=のことについてもよく考えていたから、不安というよりは、喜びだったよ。

AA1:いい父親であり、刺激的なアーティストである、という両立は難しいですか?

DS:多少はね。でも子供を持つっていいことだよ。僕らはずっと子供が欲しかったわけで、今は、子供のために時間をつくることを素晴らしいと思うし、子育てをとても楽しんでる。自分の環境が変わったことで、(作品世界にも)新しい主題が与えられ、これは本当に興味深いよ。

AA1:ジェイク君がまだ赤ちゃんの頃、一緒にSVAやギャラリーのオープニングに連れて来られたりしました。生まれた時からアートに親しんでいるから、将来はアーティストですかね? お父さんの血を絶対ひいてると思うんですけど。

DS:はは!(笑)多分ね。どうかなあ。彼次第だよ(笑)。でも、今じゃもう、(サンドリン氏の)ペインティングを見て「ボクはどこにいるの?」って聞くんだよ(笑)。自分が描かれるのを期待するようになった(笑)。自分の姿が見当たらない時は、勝手にクリーチャーをピックして、「これがボク」って決めてる(笑)。

AA1:ジェイク君以降の作品では、描写される家族のユニットは常に3人になってます。

DS:そう。僕達の家族の数だから。息子が生まれる前に描いた古いペインティングでは、僕がいつもメイン・キャラクターの役割を負っていた。作品上で自分を主役に据えるのは、自分という実体を通して物事を見たいというアイデアからなんだ。作品にはもう一人の重要なキャラクターとして、常に僕の妻が登場してるけれど、これは、女性の視点からも物事をとらえたい、つまり心を開いた状態で制作したいからなんだ。

AA1:どうしてここまでキリスト教原理主義にこだわるんでしょうか?

DS:やっぱり、自分が育った環境と、それに今のアメリカにとっては重要なテーマだと思うから。アメリカに生きている者として、この国や、この国の問題を理解するために、とても大切だと思う。

AA1:1つの作品の中に展開する、何層にも慎重に重ねられたナレティブで、原理主義に対して疑問を投げかけています。

DS:オーディエンスに、もっとリーチしたいからだよ。この描写にはどんな意味があるのか、どんな物語が絵の背後に隠されているのか、問題提起をしたい。僕は作品の中に、イージーな記号ばかりは投入していないし、カンタンな、単に面白いってものだけを提供してもいない、そうしたくはない。僕の作品を見る人が、作品の中に描かれている問題に直面せざるを得ないようなテーマを選んでいるよ。

AA1:辛辣なテーマを投げかけても、世の中を悲観してるってわけではないんですよね。

DS:ノー。悲観なんてしてないよ。例えばペインティングの「Oh My Son, This Is All Yours」は、息子に向けて「これは全部キミのものだよ」という問いかけになってるけど、そこには楽しい側面を表現してる。暗い事柄を取上げていても、楽しく見えるように描いてる。もちろん、世の中にはダークサイドがあって僕もそれを表現しているけれど、そのダークサイドをユーモラスに、茶化す感じで創作しているんだ。

AA1:オーディエンスの反応は?

DS:大抵は、いいリアクションを得られてると思う。僕が、大きいサイズのペインティングやインスタレーションを作るのが好きなのは、基本的に「エンターテインメント」したいって意識からなんだ。たまに、「どうして清教徒の信仰に関することがこんなにたくさん描かれているのか?」って疑問をもつ人もいるようだけど、でもそれが、今の僕たちが考えなきゃいけない問題なんじゃないかな。

AA1:ダジャレや言葉遊びを使ったタイトルは面白いですよね。タイトルに惹かれて、その謎解きをしてやろうと、とことん作品を見たくなる。

DS:はじめに言葉ありき(笑)、ペインティングより先に、言葉=タイトルが浮かぶことは多々あるよ。言葉をツールとしてキャンバス上に展開するってアイデアが好きなんだ。

AA1:言葉とイメージが一緒に浮かぶことも?

DS:ある、ある。

AA1:キャンバス上の「言葉」はとても映像的です。いったん作品を見て、それから離れて、また戻って見てみると、言葉がイメージに見えたり、イメージが今度は言葉に見えたりしてくる。

DS:そうだね、それは意識して僕もつくってるから。制作について言うと、プリントやコミックの制作も素晴らしいけれど、いつもペインティングに戻ってくることを考えている。何度も何度もペインティングに戻って来る、段階を踏んで仕上げていくことが、とても好きなんだ。最初にペインティングをする時に、ダイレクトなイメージを見る。次に戻って来る時には、お互いのイメージがどう反応しあってるのか見る。その次は、「言葉」を組み込んでみる。こんな風に、様々なレベルがペインティング制作にはあると思う。

AA1:最近のNYのアートシーンはどうですか?

DS:難しいなあ。ひと言では言いにくい。でも、昔のシーンと比べて何が大きく違うかって言うと、本当にあらゆる方向に広がっているということ。ありとあらゆるものが存在してる。気に入ってるギャラリーもいくつかあるから、チェルシーをチェックしたいけど、一度に多くのものが行われているから、全てを把握するのは無理。ウィリアムズバーグ(ブルックリン)も見るけど、本当にさまざまだよ。相変わらずいろいろあって面白いけどね。

AA1:ペインティング(の流行)はまた戻ってきたと思いますか?

DS:う〜ん、ペインティングはいつも行ったり来たりだからね。最近見たショウで印象に残ってるのは、ドイツのペインターでニール・ラルシュ。彼は本当に素晴らしい作品をつくる。ペインティングは、まだまだシーンに生き残ってると思うな。

AA1:9-11以前と以後で、アートシーンに変化が起きたと思います?

DS:これも難しいなあ。チェルシーはソーホーとは違う特徴を持っているし…。たまに、チェルシーのギャラリー街は、そのスペースだけに投資しているような印象を受ける。設備や場所への投資だけというか…。それがどうアートに影響するんだろう?と思うけどね。でも、相変わらず奇妙で前衛的なショウもあって活気はあるし、どんなギャラリー・システムが設定されてようと、アートはサバイブするものだと思う。

AA1:SVAで教鞭をふるって長いですが、生徒にはどんなアドバイスしてますか?

DS:SVAは、もともとプリントメーキングの代理教師として始めたんだよ。当時から教えることには興味があって、プリントメーキングは好きだし、「ものづくり」なら自分も人に教えられると思ったから引き受けた。現在はマスター・プログラム(修士課程)だから、生徒=アーティストはもっとプロフェッショナルな世界の近くにいる。プロのイラストレーターとして雑誌でやりたいのか、ギャラリーでの仕事の方に興味があるのか、絵本の分野に行きたいのか、僕はそういうことを具体的に生徒と語り合っていくんだ。これは自分にとっても本当に面白い仕事で、なぜなら僕はアーティストとして、ギャラリーで作品を発表すれば、コミックも絵本もつくる、雑誌の仕事も引き受けてる。ポップカルチャーとコンテンポラリー・カルチャーの両方に足を下ろしているわけだよね。だから生徒の参考にもなるし、自分にも反映されることになるんだ。マスターは、2年間通して卒業制作を仕上げるという工程で、最後には最も強力な作品を仕上げないとならない。2年間本当に集中するかしないかが重要になってくる。僕は2年目の生徒を受け持ってるから、もう卒業制作中心。だから面白いだんけど、どういう作品をつくり、その作品をどこへ持っていくかという点を徹底的につめてながら、制作上で彼らを助けていくんだ。外部の評論家を招いて評論してもらうこともしてるよ。

 
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